Hair Salon botao

2011

僕は美容院にいくと、ひとこと「短くしてください。」と伝える。このスタイルは決して髪がうすくなったからという自虐ネタではなく、10年ほど前からかわらないスタイルだ。どちらかというと、美容師としゃべるのもそれほど得意ではない。が、実際世間話はせざるえない。にこやかに話しかけられるからだ。髪を切ってくれる人、髪を洗ってくれる人、マッサージをしてくれる人、それぞれと。残念だけれど数時間後にはすぐに忘れてしまうような話だ。どちらも、社交辞令だということはわかっているから、あたりさわりのない話になる。
昔、村上春樹のエッセイで、床屋での最初の話題に気をつけろというたぐいの話があった。思わず話をしてしまった話を毎回きかされることになるのだとか。床屋なりの営業努力だからしかたがないけれど、せっかくの社交辞令でもそれなりにウィットにとんだものにしたいという努力、それは初めての床屋でどのような話をするかにかかっているというわけだ。この話を読んでからは、美容師との話を楽しむ方向にしていこうと努力することにしている。

さて、前段はこれくらいにして、僕にとっての初めての美容院ができたので紹介したい。クライアントの高梨さんは渋谷の美容室でながらくチーフとして修業を積み、結婚、出産(奥さんが。)のタイミングで独立。この境遇は僕の昔に似てなくもないが、高梨さんは将来が約束されている、つまりお客さんがすでに多くいるという点のみ違う。オープンしてそろそろひと月になるが順調だという話を聞く。設計者冥利につきる。この仕事は付き合いのあるグラフィックデザイナーのカイシさんから紹介してもらった仕事だ。美容室にとって、ブランディングは場合によっては、内装よりも先に考えておく必要がある。だから「ぼたん」という名前からどのようなロゴをつくるべきか、内装にすべきかを場所を借りるまえからディスカッションを重ねた。ありきたりかもしれないが、友達の家に来たような、素敵な友人の家を訪ねてきたようなそんな内装がいいだろうということになった。決して大きくはない器、3人のための美容院だ。ピカピカのツルツルの内装で、元気よく「いらっしゃいませ!!」というのは、客を委縮させやしないかと。真っ白の歯で、ベストをきた美容師がこちらへどうぞ!というのはやめようと。カイシさん、高梨さんからも賛同をいただき内装の設計をスタートした。

まず何が美容室らしくしているか?あのクロームメッキのパイプフレームに、白、または黒い合皮の椅子。機能的には違いないが、あの椅子とガラス中心の内装だろうと思った。床も往々にして白くてピカピカ。照明は、美容室かコンビニかくらいに明るい。確かに必要な明かりがあることも確か。でも看板がわりの明かりは今の時代にそぐわない。今まさにそぐわなくなった。また、コストをぎりぎりまで切り詰めたいというのはすべてのクライアントの願いだ。僕は職能としてそこに対してもソリューションを出さねばならない。

内装は、必要最低限。トイレとバックスペースの壁。あとはすべて家具と建具で構成している。エントランスのカウンター、間仕切りを兼ねた収納家具。顔を柔らかくテラス照明とコンセントを付属した鏡つきの什器。床はスケルトンのコンクリートの上に、レベラーでなめらかにしただけ。あとは、room-composit作成によるポスター2枚のための額。これはエントランスの扉同様、タモ材。そして中古の家具市場を眺めて手に入れた3脚の椅子。アームがついて、座が皮張りのもの。必要最小限の照明。家具は同じコンセプトでつくっている。合板+表面材による構成。小さなスペースでも動き安く、また使いやすいものを。

結果として、空間は一つのやわらかいつながりのあるものになっている。何かが強すぎず、謎解きのようにちょっとずつ関連を持ちながら、一つの空間ができあがった。その環境にやわらかくつつまれながら、決して短くはないその時間をゆったりと過ごしてもらいたい、これは美容師の高梨さんの願いであり、僕と、カイシさんの願いでもある。