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casa-M3の工事記録
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プロローグ
解体〜設計

地縄〜杭工事
コンクリート打設/型枠工事
コンクリート打設/型枠工事2
コンクリート打設/型枠工事3
いざ内装工事へ、そして外壁塗装
竣工
エピローグ
設計者 建主
東京に家を建てる


東京は住むのに適した場所か?と聞かれると答えの窮する。
人生の大半を東京で過ごしてきたゆえに、比較しようがない。便利であるかということに関しては、はっきりとイエスといえる。終電までは電車はパーフェクトに動くし、コンビニは至るところにある。欲しいものはおろか、欲しくないものまでいつなんどき手にはいる。便利さを楽しむために都心に住むという建主のご意見は、まったくもって理にかなっている。また不便さすらも楽しむと言える、生活そのものへの、取り組み方がとても共感できるし、尊敬もしている。私は一度その不便さを楽しむ週末住居にお邪魔させてもらった。上げ膳、据え膳、送り迎えつき、穴場的な海岸への送迎。あまりに快適に過ごさせてもらい、不便さを楽しむことはできなかったのだが・・、こだわりを強く感じる週末住居で、今度お伺いさせてもらったときに、写真をとりレポートさせていただこうと思っている。一例を書かさせてもらうと、裏庭に、ユンボーが置いてあり、まだまだ開拓中の庭がある



田舎にゆったりとした家。東京には必要最小限のアパート。田舎では不便さを楽しみ、東京では便利さを楽しむ。これが私たちの住処に対するコンセプトだった。東京は港区三田に2LDKのアパートに住み、房総半島の先端近くの雑木林の中に週末を過ごす一戸建てを建てた。私にとってこれで十分だった。ところがある日突然、妻が「もっと広い家が東京にほしい」といいだした。理由は、一人娘が今年4月に小学校に入学するため、落ち着いて勉強するスペースを与えたい、田舎に住むそれぞれの両親が上京する際に泊まるスペースがほしい。妻は私の顔を見るたびに、「家がほしい」と言い、徐々にヒステリックになっていった。私は観念して、土地探しに走った。

土地探し



freedomという不動産屋とお付き合いしている。社長の谷村さんは、元森ビルで建築設備を担当されていたこともあり、建築や、インテリアに精通している方だ。野口ハウス707号室を完全リノベーションするという仕事からお付き合いを始めて、土地や、中古マンションを探しているお客さんを紹介する、または逆に紹介していただくという関係を続けている。以来、あまり興味のなかった土地の値段や、中古マンションの価格が非常に気になるようになった。建主が目をつけた白金の物件は、坪単価的に言うと、掘り出し物。おまけに、大手不動産屋の容積率の計算が間違っていた。それがさらに値段を安く設定されていた原因であると思われる。役所に法規を念のため確認し、渡邊さんが希望している床面積は十分に確保できる胸をお伝えした。



すでに田舎に家を持つ私としては、東京といってもあくまで都心にこだわった。港区、しかも現在住んでいる三田を中心に麻布、高輪、芝あたりを探した。 予算は4千万。このあたりの土地価格を考えればギリギリの予算。でてきた土地はおおよそ30平米前後。覚悟はしていたもののいささか狭すぎる。
ある日、目にとまったのは白金の古い倉庫が建っている土地。建物を解体しなければならないこと、進入路が私道である上に狭いこと、など条件は悪いものの、広さはおおよそ22坪、と予算を考えれば納得の広さ。購入を決める前に解体費の目処をつけておきたかった。

設計者との出会い


渡邊さんとお会いする前日、私は石川県に出張。H-houseを見積図提出、確認申請提出でその日の朝まで図面を書き、車で石川県へ。役所、業者への説明を終わらせ、ご飯を食べ、東京へ。通常なら泊まるところだが、なにせ次の日は、ひょっとしてお客さんになっていただけるかもしれない方と会うことになっている。這ってでも東京に戻らなければと、強行軍。朝方5時に東京につき、仮眠をとりいざ川口の家へ。一通り説明を差し上げた。実際のところ、疲れはピークにきていたのできちんとした説明ができたかは定かではない。
そして、それから約一月間、白金の土地のこと、どのような住まいを希望しているか、工法のこと、地下室をつくるか否やなどをメールでやり取りをした。
正式の依頼されたときの喜びは忘れられない。
いい場所、いい建主、(そして結果的にはいい工務店に発注することができた)このような条件下で仕事ができることほど、設計者冥利に尽きることはない。



南麻布のある土地を見に行った時のこと。この土地を紹介してくれた不動産屋さんが「たとえばこの土地にはこんな建物が建ちますよ」と見せてくれた家が芦沢さんの手による川口の家だった。私が抽象的に描いていた新居像をそのままプリントアウトした家だった。土地のほうは価格こそギリギリ予算に合うものだったが、その狭さに納得できなかったため見送ったが、私の興味はすでに芦沢さんの建てた川口の家に移っていた。 すぐに芦沢さんに連絡をとってもらい、桜の花がまだ残る4月の中頃。私たち一家は川口の家を見学させてもらった。無駄のない、合理的な家。見た目も都会的ですっきりしている。お願いするのは芦沢さん、私の心はすでに傾いていた。

copyright
Keiji Ashizawa
2004